大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宮崎地方裁判所 昭和53年(ワ)140号 判決

原告

松山隆男

原告

松山ナツ子

右原告ら訴訟代理人

藤原修身

右同

藤井克巳

被告

宮崎市

右代表者市長

中村隆則

右訴訟代理人

殿所哲

右指定代理人

松田善治

外七名

主文

一  被告は原告両名に対し、各金一、三〇六万二、〇二九円及び右各金員に対する昭和五三年四月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告ら

「、被告は原告両名に対し、各金三、一二七万六、八七九円及び右各金員に対する昭和五三年四月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び第一項の仮執行宣言。

二  被告

「一、原告らの請求を棄却する。二、訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二  当事者の主張

一  原告ら(請求原因)

1  原告らは亡松山昌広(以下亡昌広という)の父母であり、被告は亡昌広の使用者である。

2  転落事故の発生

亡昌広は、宮崎市北消防署特別救助隊員として就労中の昭和五二年五月一七日午前一一時四〇分ころ、宮崎市橘通西一丁目一番一号所在同消防署車庫前空地において、消防ホース乾燥塔(以下A塔という)の足場(地上からの高さ約七メートル)から約九メートル離れたほぼ同じ高さの塔(以下B塔という)にロープを張り渡して渡過する訓練に従事中、A塔の右足場からB塔に向けてロープを投げようとして地上に転落し、そのため頭部外傷(第三型)、脳挫傷型頭蓋底骨折の傷害を受け、同年同月二〇日午前二時二〇分、同市大坪町草葉崎二二三九番地江南病院において死亡した。

3  転落事故の原因

亡昌広は、右手でロープを輪状にたぐつて後方に大きく振り上げ、反動を利用してB塔に向けて投げようとした瞬間、A塔の足場の上にある乾燥塔の梁中央部に右ロープを接触させて身体のバランスを失い頭部から地上に転落したものである。

4  被告の債務不履行責任

(一) 被告としては、そこに勤務する職員に対し、公務遂行のための場所、施設もしくは器具等の設置管理またはその遂行する公務の管理にあたつて職員の生命、健康等を危険から保護するよう配慮すべき契約上の義務がある。

(二) したがつて、救助隊員に対する右のような高所での訓練を実施する場合は、予想される隊員の転落事故等を未然に防止するため、適切な指導者を配置するほか安全な設備を整えておくべきであるが、被告はこれらの義務を怠り、本件転落事故を惹起させた。すなわち、右訓練は同年八月に宮崎市で開催される予定であつた九州地区消防救助技従指導大会(以下、大会という)の障害突破競技に参加するためのもめであるが、被告は、右訓練に際し、右競技方法に精通した指導者を立会わせていなかつたほか、次のとおり、安全な設備を施すことを怠つた。

(1) ロープを投げるA塔の足場の面積は、実際の競技においては三五平方メートル(五メートル×七メートル)もあるのに対し、右訓練時においては、わずか五平方メートル弱しかなかつた。

(2) 右足場は、消防ホース乾燥塔に設けられていたため足場の上部や左右背後には鉄骨の梁などの障害物があり、隊員がロープを投げる際、ロープをその障害物に当てて体のバランスを失う虞れがあつた。

(3) B塔は実際の競技の場合とは異なり、A塔から真直ぐ正対してロープを投げることができないような右斜方向に偏した位置に仮設されたためロープが投げにくくなり、これまた隊員が体のバランスを崩す一因となる危険性があつた。

(4) 実際の競技においては、出場者の安全を保護するため向いあつた二つの塔の間に安全ネットを張ることになつていたが、右訓練においては、両塔間の地面がコンクリート舗装であるにもかかわらず、安全ネットが施されていなかつた。

5  被告の不法行為責任

被告は、前示債務不履行責任のほか、次のとおり国家賠償法に基づく不法行為責任を負う。すなわち、

(一) 宮崎市消防局長永山義男及び同市北消防署長須本康生は、大会の障害突破訓練をするに際し、訓練参加者の高所からの転落、死傷事故の発生を防止するため、安全ネットを張るなど万全の安全措置がとれない限り訓練を差し控えるべき安全配慮義務があるにもかかわらず、これを怠り事故発生がないものと軽信し、漫然と公権力の行使として右訓練を実施させた重大な過失により本件転落事故を発生させ、亡昌広を死亡するに至らせたのであるから、被告は同法一条一項による損害賠償責任を負う。

(二) 被告が設置管理していた障害突破競技用訓練施設は、既述のとおり安全性を欠如した瑕疵のあるものであり、その瑕疵によつて本件転落事故が発生したのであるから被告は同法二条一項による損害賠償責任を負う。

6  亡昌広の損害

(一) 入院雑費 二、四〇〇円

昭和五二年五月一七日から同月二〇日までの四日間の亡昌広の入院雑費は一日当たり六〇〇円を下らない。

(二) 付添看護費 八、〇〇〇円

右入院期間中、原告らが付添看護を行なつたが、その看護費は一日当たり六〇〇円を下らない。

(三) 逸失利益 四、六五四万三、三五八円

(1) 給与

亡昌広は、死亡当時、宮崎市職員の給与に関する条例で定める給料表六等級三号給の給料(月額九万五、九〇〇円、昭和五二年四月一日に遡及して改正された額)並びに同条例により毎年給料月額の五か月分相当の期末・勤勉手当及び同市職員の特殊勤務手当に関する条例に定める毎月三、〇〇〇円の消防職員手当の支給を受けていた。そして、同人は満五八歳の退職予定時まで別紙(1)のとおり毎年定期に昇給しえたものであり(昭和八一年一月一日以降の昇給は昇給期間短縮の運用実態からの予見)、その年度別所得額は別紙(2)のとおりである。そこで、右年度別所得額から亡昌広の生活費(同人は原告らを扶養することになつていたから、所得の五〇パーセントである)を控除したうえ、ホフマン式計算法に基づき年五分の中間利息を控除した昭和五三年三月三一日における現価は、別紙(3)の1のとおり合計金三、三五二万五、九二二円となる。なお、後記被告主張の共済組合掛金の掛金率が被告主張のとおりであることは認めるが、共済組合掛金は逸失利益の積算の根拠となる給与から控除すべきものではない。

(2) 退職手当

亡昌広が右の昇給予定を基礎として昭和八九年三月三一日に満五八歳で退職した場合の退職手当は、宮崎市職員の退職手当に関する条例によれば金二、二三一万二、八〇〇円となるが、この額からホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除した昭和五三年三月三一日における現価は金七九六万八、八五七円である(但し、亡昌広の退職手当として金七九万九、一四〇円が被告から既に支払われたのでこれを差引くと金七一六万九、七一七円となる。以上別紙(4)。)

(3) 退職年金

亡昌広が、前記昇給予定を基礎として、昭和八九年三月三一日に退職した場合、地方公務員等共済組合法によると、在職期間が四〇年となるので、年額金二五八万七、二〇〇円の退職年金の給付を受けえたはずである。そして、同人は右退職後においては、満二一歳の男子の平均余命である満七三歳まで一四年四か月の間生存することが予測されていたのであるから、各年度別の退職年金から前記の生活費を控除したうえ、ホフマン式計算法に基づき年五分の中間利息を控除した昭和五三年三月三一日当時の現価は別紙(5)のとおり金五四八万八、六七六円となる。

(四) 慰藉料 一、〇〇〇万円

亡昌広は、被告職員(消防吏員)として誠実に勤務する前途有望な青年であり、松山家の跡継として同家の中心となりつつあつたが、被告の杜撰な前記訓練による本件事故のため四日間生死の境をさまよつたすえ、満二一歳の若さで他界するに至つた。このような亡昌広の将来や本件事故の原因などを考えると、同人とその死に至る間の精神的苦痛は甚大であり、この苦痛を慰藉するには少なくとも金一、〇〇〇万円を必要とする。

7  相続

亡昌広の死亡により、同人の前記損害賠償請求権は、同人の父母としてその相続人である原告らが各二分の一あて(各金二、八二七万六、八七九円)を相続した。

8  弁護士費用 金六〇〇万円

原告らは、本件訴訟の提起、遂行を原告ら訴訟代理人に委任したが、被告が負担すべき本件事故と相当因果関係にある弁護士費用の損害は、前記6項記載の金額合計五、六五五万三、七五八円の約一割に当たる金六〇〇万円(原告ら各自三〇〇万円あて)を下らない。

9  よつて、原告らは被告に対し、債務不履行ないし不法行為に基づき、既に受領した金七九万九、一四〇円以外に各金三、一二七万六、八七九円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五三年四月二三日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告(答弁、主張、抗弁)

1  答弁

(一) 請求原因1、2の事実を認める。

(二) 請求原因3の趣旨を争う。

(三) 請求原因4の事実のうち

(一)は一般論として認めるが、その根拠は、亡昌広と被告との間の法律関係に付随する信義則上のものである。なお、亡昌広は消防署救助隊員として自らの危険をさけ安全遵守義務を有しており、本件訓練はいわゆる許された危険の法理により許容されているから、安全配慮義務が減免され、類型的危険の一般的処置ないし社会生活上の注意をなせば足る。(二)は亡昌広に対する訓練が大会に参加するためのものであつたこと、(二)1の事実、(二)(2)のA塔の足場が消防ホース乾燥塔に設けられていたこと、(二)(4)の二つの塔の間にネットが張られていなかつたことをそれぞれ認め、訓練設備が不十分であつたことを否認し、その余を争う。なお、本件転落事故はもつぱら亡昌広の不注意により生じたものである。

(四) 請求原因5の事実のうち、本件訓練の実施が宮崎市消防局長永山義男、同北消防署長須本康生らの職務としてなされたことは認められるが、その余を争う。

(五) 請求原因6の事実に対し

(一)及び(二)の各損害、(三)の(1)の事実のうち、亡昌広が死亡当時六等級三号給の給料(月額九万五、九〇〇円)並びに給料月額の五か月分相当の期末・勤勉手当及び月三、〇〇〇円の消防職員手当の支給を受けており、同人は満五八歳まで勤務しえたこと、同人の昭和八〇年四月一日までの昇給予定が原告ら主張のとおりであること、同人の生活費が所得の五〇パーセントであること、(三)の(2)の事実のうち同人が満五八歳で退職する際退職手当が支給されること、その額は退職時の給料月額(三〇万六、一〇〇円の限度で認める)の七二か月分であること、(三)の(3)の事実のうち同人が一五年分の退職年金を取得しえたことをそれぞれ認める。(三)の(1)ないし(3)及び(四)の金額を否認する。なお、(三)の(1)の給与を算定するにあたつては、生活費のほか別紙(6)の1、2のとおり共済掛金を控除すべきである。また、(三)の(1)ないし(3)の現価を算定するに当つてはライブニッツ方式を採るべきである。そして、給与の昇給予定としては死亡後五年ないし一〇年分を見込むことで必要かつ十分であるが、仮にその後の昇給分を考慮する場合、原告主張の昭和八一年一月一日以降の昇給期間短縮の運用が行なわれる可能性を予測期待することは全くできない。したがつて、同日以降の昇給予定は次のとおりである。

昇給年月日 等級号給 給料月額

(昭和)

八一・四・一二−一七 二七万五、六〇〇円

八二・四・一二−一八 二七万九、五〇〇円

八三・四・一二−一九 二八万三、三〇〇円

八四・四・一二−二〇 二八万七、一〇〇円

八五・一〇・一二−特一 二九万〇、九〇〇円

八七・一〇・一二−特二 二九万四、七〇〇円

(六) 請求原因7の事実のうち原告らが亡昌広の相続人であることを認め、その余の事実を否認する。

(七) 請求原因8の事実を争う。

2  主張・抗弁

(一) 主張(過失相殺)

亡昌広は、消防署の救助隊員として高度の救助専門技術を修得していたから、自ら生命、身体の危険を防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、自己の身体に装置していた命綱のカラビナを確保することなく漫然とロープを投げようとして転落したのである。したがつて、被告に何らかの過失があつたとしても、損害賠償額の算定において亡昌広の右過失の度合を少なくとも五〇パーセント以上とみて斟酌すべきである。

(二) 抗弁(損害の填補)

被告は亡昌広の退職手当金八五万五、二二〇円のほか、別紙(7)の各金員を既に原告らに対し支払ずみである。

三  原告ら(主張・抗弁に対する答弁)

1  被告主張(一)の過失相殺のうち、亡昌広が救助隊員であつたこと及び消防吏員として一応必要な専門教育を受けていたこと、ロープを投げる際、命綱のカラビナを確保していなかつたことを認め、その余の事実を否認する。

なお、被告には著しい安全配慮義務違反があるから亡昌広に軽過失があつたとしても過失相殺は許されない。

2  被告主張(二)の抗弁に対し、

亡昌広の退職手当金七九万九、一四〇円及び別紙(7)の損害填補表のうち、消防葬費用以外の項目欄記載の各金員を原告らが受領したことは認めるが、褒賞金、見舞金及び消防賞じゆつ金はいずれも災害補償の性格をもたないので損害賠償額からの控除は許されない。また消防葬は被告が勝手に行なつたものであるうえ、原告らはその費用を受取つたわけでもないから、これまた損害賠償額から控除すべきではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一本件事故の発生と原因の検討

一当事者間に争いのない事実

原告主張の請求原因1、2、同4(二)の冒頭の事実のうち亡昌広に対する訓練が大会に参加するためのものであつたこと、同4(二)(1)の事実全部、同4(二)(2)の事実のうちA塔の足場が消防ホース乾燥塔に設けられていたこと、同4(二)(4)の事実のうち二つの塔の間にネットが張られていなかつたことの各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二本件事故とその原因

1  〈証拠〉に前示当事者間に争いのない事実を総合すると次の各事実が認められる。

(1) 亡昌広(昭和三〇年八月一六日生)は、原告らの四男として生育し昭和四九年三月宮崎県立宮崎工業高等学校を卒業後同年五月一日付で宮崎市消防吏員(消防士)として採用され、同月七日から同年九月二八日まで宮崎消防学校へ入学、同年一〇月一日宮崎市北消防署五分隊員、昭和五一年四月一日から本件転落事故に至るまで同署第一当務隊梯子分隊員兼特別救助隊員として勤務し、同年八月には第五回消防救助技術九州地区大会に参加した。

(2) 右特別救助隊の任務は、①火災現場において人命に危険がある場合、②交通事故において特命がある場合、③地震、風水害、土砂くずれ、爆発、ガス漏えい、その他の特殊災害において特命がある場合、④その他消防署長が必要と認めた場合において、人命を救助することにある(宮崎市消防特別救助隊規程)(甲一三号証資料5)。

(3) 昭和五二年四月頃までに同年八月五日に宮崎市神宮町宮崎神宮西神苑において、各県持ち回りの第六回九州地区消防救助技術指導大会が開催されることになつた。

右大会は消防職員が日頃の訓練成果を発揮し技術の相互交換研讃の場とするもので救助業務の完遂を計ることを目的としている(甲二七号証)。

(4) 右大会の団体競技種目のなかに、五名一組で四名が始点から終点に至る通路に設けられた五か所の障害(高塀乗越え、はしご登り、応急ブリッジ、緊急脱出、濃煙通過)を、互いに協力して全員が突破するまでの安全、確実性と所要時間について評価する「障害突破」という競技種目があり、本件転落事故当時亡昌広らは右のうち応急ブリッジを行なつていたが、これは準備された二本のロープを対面する仮設塔に投げ、チームで指定した者のけい留を待つて、四名でロープを展張し装備した命綱をブリッジ(二本合せ)にかけて、審査員の「赤旗の合図」を待つて渡過するものである(第六回全国消防技術大会実施要領)(甲一一号証、乙八号証)。

(5) 右障害突破種目は、宮崎市消防局にとつて出場未経験の種目であるうえ、訓練のための十分な施設も時間的余裕もないことから当初宮崎市北消防署長須本康生、同署次席(兼特別救助隊長)長友敏らは、右種目出場に難色を仄めかしたものの、昭和五二年三月一七日に開かれた幹部会議において、宮崎市が大会の主催地となつていることを強調する宮崎市消防局長永山義男ら消防局の幹部の意見で、結局宮崎市消防局も右種目に出場することになつた(証人長友敏の証言、甲二九、三三、三七号証)。

(6) 亡昌広は、同年四月五日における特別救助隊の会議で高橋分隊長らとともに障害突破種目に参加することが決定し、その数日後から右大会を目標として訓練が開始された(甲二四、二五号証)。

(7) 右訓練は、消防組織法一四条の四第二項に基づく消防訓練礼式の基準(昭和四〇年消防庁告示第一号)および宮崎市消防吏員及び消防団員についてこの基準の定めるところによる旨を定める宮崎市消防訓練、礼式及び消防操法に関する規則(昭和四九年五月二七日第一五号)に基づき本訓練に適用される前示基準二二五条三号、宮崎市消防特別救助隊規程一三条一項を根拠とする通常の救助技術の訓練と習得という消防演習ないし消防業務の教育訓練の一環として、宮崎市北消防署長名で、各署員あてに「救助技術の習得訓練について」と題する昭和五二年一月二一日付の指揮書で右大会にそなえて月間行事計画で通常の業務と並行して各種目の訓練を実施する旨を指揮し、一方、宮崎市消防本部長名で北署救助隊長宛にほぼ同旨の指揮が昭和五二年一月二六日付通達(宮消警第八九九号)をもつてなされ、これらに基づき宮崎北消防署長須本康生が実施責任者となり、その補佐として同署次長長友敏が右訓練の企画、立案を担当し、同署第一当務隊長富永政男が上司である右署長、次長の指揮の下に実地の直接的指揮命令をとつて、行なわれたものである(甲一〇、一三、三三、五〇、五二号証)。

(8) 右障害突破競技及びその訓練は宮崎市消防局として初めての経験であり、この訓練に参加する者は高橋分隊長以下全員が全く初体験者であつた。これに加えて、その指導監督に当たるべき、宮崎市北消防署署長須本康生、同次席長友敏らも右競技については経験がないのに、時折訓練現場に臨み、訓練員の挙動を見守つたり、分隊長に「安全確保に注意して怪我しないようにやれ」などと一般的な注意を与えるにすぎず、第六回消防救助技術大会実施要領に精通し、かつ、実施の際に準じて訓練の場合も審査員の経験をもつ補助員を置き、一々の行動につき安全性、確実性を点検してこれに誤りがあれば是正していく等の事故防止策をとるべきであるのに、右実施要領にも精通せず、また大会審査員の資格を有する宮崎市消防局警防課課長補佐菊野拓美に対しても、第一当務隊長富永政男に対し右菊野と連けいを取つて指導を受けるようにとの口頭指示をしたのみで、正規の派遣要請をしていなかつたため、同人から時折個人的に指導を受けていたものの同人は事故当日を含め殆んど訓練現場に臨席していなかつた(証人大西長男、同坂本浩己、同宮越節義の各証言、甲二七、二九、三〇、三九号証)。

(9) 前示救助技術大会では本来、A塔の足場の面積は三五平方メートル(七メートル×五メートル)であるのに対し、本件訓練時の事故のあつたA塔の足場の面積は4.14平方メートル(1.8メートル×2.3メートル)しかなく約八分の一弱であつて、実際の大会の場合は二チームが一緒に使用するためそれだけの広さが用意されていることを考慮に入れてもなお本件A塔の足場は安全面からみて狭すぎるものであつた(証人坂本浩己の証言、甲二二号証、乙五、六号証)。

(10) A塔はそもそも予算の関係から消防ホース乾燥塔を改良して補強したにわか作りのものであつたために足場の上部や左右背後には鉄製の筋交いなどの補強鉄骨があり、訓練の障害物となることは予め判つていたが、A塔全体の強度を確保する必要からロープ投てきの際に障害となる部分も切り取らずに、これを残したまま訓練が実施された(証人大西長男、同坂本浩己、同長友敏の各証言、甲二二、三〇号証)。

(11) B塔は実際の競技の場合とは異なり、訓練場所が狭隘である関係から固定式のA塔から正面にはなく右斜方向に偏した位置に設けられていた(証人坂本浩己の証言、甲一一、二〇、二五号証、乙五、六号証)。

(12) 昭和五二年三月末ころ、宮崎市南消防署員(山元政晴)が訓練終了後A塔に登ろうとして転落し、両足骨折の重傷を負つた事故が発生したこともあつて、宮崎北消防署の要望でその頃安全ネットが購入されることになつた(甲二七、二九号証)。

(13) 第六回全国消防救助技術大会実施要領第6の2障害突破の応急ブリッジの施設および用具欄のウ(イ)項には「ロープブリッジの下にネットを張る」旨明記されており(甲七、乙八号証)、しかも、右安全ネットは本件転落事故の前である同年五月一四日に北消防署に届いていた。高橋分隊長は翌日そのことに気づいていたにもかかわらず、納入されたネットが大きすぎたこと「A塔とB塔の間は最短距離で6.8メートルしかないのに、右安全ネットは幅四メートル、長さ二四メートルもある)、安全ネットの使用方法についての説明書がなかつたこと、さらには安全ネットの管理を北消防署に委ねる旨の移管文書が同署に交付されていなかつたことなどの事情から全くこれを使用しないまま訓練を続行していた(証人大西長男の証言、甲二〇、二二、二五、二六、二七、二八、三四、三八、四九ないし五二号証)。

(14) ところが実際には、移管文書の交付がなくても事前にネットを使用することができるのであり、宮崎市消防局警防課課長補佐菊野拓美から電話で北署員に対し、移管文書はあとになるがネットを受けとつてもらいたい旨の連絡をしていた(甲二八、三〇号証)。

(15) 亡昌広らは、昭和五二年五月一七日、午前八時三〇分の交代点検を受けた後、午前一〇時から障害突破の訓練を行なうため約三〇分間準備運動をし、さらに同時間程度の休憩にはいつた。ところが休憩中に日高国男隊員が体の不調を申出たことにより予備員の大西長男隊員を入れたため、当日予定の障害突破競技の通し訓練二回という計画を変更して同競技のうち梯子登りから応急ブリッジ、緊急脱出までの訓練にとどめこれを三回行なうことになつた。このように通し訓練が打ち切られたことから、競技所要時間を計ることはなされていなかつた(甲二二号証)。

(16) 右応急ブリッジの訓練では、A塔に亡昌広ら四名が登り、亡昌広が、B塔に登つている高橋分隊長に向けて二回ロープを投げ、ロープ展張に成功した後、三回目の投てきにはいり、一度は失敗したものの、さらにロープ(ビニール製、直径一二ミリメートル、長さ四〇メートル、重さ3.5キログラム)の先端を引き上げて二つ折りにし、約三メートルをたばねてこれを輪にして右手に持ち、左足を前に踏み出し、下手投げの姿勢で、これを握つた右手を前方に振つたのち、後方に勢いをつけて大きく振りあげ、その反動で投げようとした瞬間、たばねたロープの先端が足場の上約1.4メートルにある斜の筋交いに引つかかり、これを引きはずそうとして突嗟に前方に重心がかかりその反動でバランスを失つて、後方に引いておくべき右足が前方に出て足場を踏み外し、「あつ、落ちる」と叫びながらかがみこむような体位で右側頭部及び右肩からアスファルト舗装の地上に転落して同地面に激突し、市来外科病院に搬送されたが意識を回復しないまま、同月二〇日午前二時二〇分頃転院先の宮崎市大坪町二二三九番地江南病院で頭部外傷三型、脳挫傷型頭蓋底骨折の傷害により死亡した(証人大西長男、同坂本浩己の各証言甲一一、二二、二四、二五、二六、四九号証、乙五、六号証)。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

2  地方公共団体は所属の地方公務員(以下、公務員という)に対し、地方公共団体が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負つているものである(最判昭五〇・二・二五民集二九巻二号一四三頁)。そして、この安全配慮義務は契約関係又はこれを準ずる法律関係の付随的義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるものであり、地方公共団体が不法行為規範のもとにおいて私人に対しその生命、健康等を保護すべき義務としては必ずしも一致せず、両者はその適用範囲が部分的に重なり合う交叉概念であつて、それぞれの義務違反に基づく損害賠償請求権も請求権競合の関係にあると考える。

そこで、まず、本件につき被告の安全配慮義務違反の存否につき検討する。

安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる具体的状況によつて異なるべきものである。とくに消防職員などのように業務の性質上危難に立ち向いこれに身を曝さなければならない義務のある職員は、業務上右義務の現実の履行が求められる火災現場の消火活動(消防法六章)、人命救助など現在の危難に直面した場合において使用者である地方公共団体に自己の身を守るべき安全配慮義務を強く求めることはできない。しかし、これと異なり通常の火災予防業務(消防法第二章)、一般訓練、消防演習時(消防組織法一四条の四第二項、消防礼式基準二二五条三号)などのように前示危難の現場から遠ざかれば遠ざかる程安全配慮義務が強く要請されるのであつて、要するに危難との距離と安全配慮義務の濃淡とが相関関係にあると考える。危難に立ち向う職員が危難現場において臨機の行動をとりその職務を全うできるようその使用者は、十分な安全配慮をなした訓練を常日頃実施すべき義務がある。被告は本件訓練につきいわゆる許された危険の法理により安全配慮義務が減免される旨を主張するが、「許された危険」とは人の生命、身体、財産などを侵害する危険と必然的に結びついているが、社会的に有益ないし必要な事業又は業務の実施を法が適法なものとして許容し、その許された危険行為が落度なく、ないし客観的に要請された注意義務が遵守されることが適法要件として要求される。したがつて、「許された危険」の理論は過失一般についていわれるその違法性が客観的注意義務違反にかかつていることを示したものにほかならないのであつて、この理論から直接安全配慮義務の減免をいう被告の主張は採用できない。

3  本件訓練の場合な前認定1(3)ないし(7)の事実及び成立に争いのない甲二七号証によると、消防演習ないし消防業務の教育訓練の一環として行なわれたもので、しかも消火活動など火災現場の危難とはほど遠い救助技術大会参加の目的でなされたものであり、右大会は消防職員が日頃の訓練成果を発揮し技術の相互交換、研讃の場とするもので救助業務の完遂を計ることを目的としているのであつて、同大会実施要領(第六危険防止)でも競技は安全確実を主眼とするから、……個人装備、用具等の点検を綿密に行ない事故の未然防止に最善の留意をする旨を定めており、救助教本第三章第二節には指導者が訓練にあたる心構えとして、(一)訓練中の危害を防止するため必要なあらゆる手段を講じ、手落ちがないように準備する。なすべき処置を怠り危害を起こすようなことがあつてはならない。」とし、「救助技術訓練の経過報告について」と題する通達(宮消警八九九号昭和五二・一・二六)では、「訓練に際し隊員の健康管理および事故防止については尚一層の配慮をなし万全を期せられたい。」が指示されていることが認められ、これらの事実に照らしても、本件訓練では地方公共団体は訓練にあたる消防職員の安全配慮をなすべき強い義務を負担しなければならない。

そして、本件事故の被害者亡昌広は前認定1(1)(2)のとおり宮崎北消防署職員として同署第一当務隊梯子分隊員兼特別救助隊員として勤務し、火災現場などにおいて人命を救助する任務を負うもので、業務の性質上危難に立ち向いこれに身を曝さなければならない義務のある職員に当たるけれども、前示のとおり現実の危難とはほど遠い本件訓練の性質に照らし前認定1(5)ないし(16)の事実を考え併せると、地方公共団体である被告宮崎市は公務として行なわれた本件訓練遂行のために設置すべき訓練場所の狭隘さ、施設ないし器具である訓練用仮設塔のA塔とB塔を正対させず斜方向に位置させたこと、A塔の足場に十分な広さを確保せず安全面からみて狭きに失していたこと、A塔はにわか作りの改良されたもので鉄製の筋交いなどロープ投てき訓練の障害物が残存していたこと、危険な訓練に伴う不慮の事故から職員の身を守るべき安全ネットを設置していなかつたこと、公務員である亡昌広が上司である宮崎北消防署長須本康生、同署次長長友敏、同署第一当務隊長富永政男の指示のもとに遂行する公務である本件訓練の管理にあたつて、本件の訓練種目「応急ブリッジ」などの経験者を補助員ないし現場指導者として訓練現場に配置せず、しかも「第六回消防救助技術大会実施要領」にも精通していなかつたことが認められ、これらを総合すると被告宮崎市は公務員である亡昌広の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を欠いていたものといわねばならない。

債務不履行の性質を帯有する安全配慮義務違反の帰責事由、即ち被告に故意又は過失があることは債務者である被告にその不存在につき、主張、立証責任があると解すべきところ、被告は右の点を主張、立証しないのみならず、本件全証拠によるも右の帰責事由の不存在を認めるに足らない。

第二損害の検討

一請求原因6の事実について

(一)  入院雑費、付添看護費

(計一〇、四〇〇円)

(一)の入院雑費二、四〇〇円、(二)の付添看護費八、〇〇〇円の損害が発生したことは当事者間に争いがない。

(二)  逸失利益について

請求原因六(三)(1)の事実のうち、亡昌広が死亡当時六等級三号給(月額九万五、九〇〇円)並びに給料月額の五か月分相当の期末・勤勉手当及び月三、〇〇〇円の消防職員手当の支給を受けており、同人は満五八歳まで勤務しえたこと、同人の昭和八〇年四月一日までの昇給予定が原告らの主張のとおりであり、昭和八一年一月一日以降の昇給予定分が少なくとも被告主張のとおりであること、同人の生活費が所得の五〇パーセントであること、同6(三)の(2)の事実のうち、満五八歳で退職する同人に退職手当が支給されること、その額は、退職時の給料月額の七二か月分であること、同6(三)(3)の事実のうち同人が一五年分の退職年金を取得しえたことの各事実は当事者間に争いがない。そこで請求原因6の事実のうち当事者間に争いがある点につき順次検討する。

(1) 給与について

(逸失給与現価額三、三三二万五、五八七円)

イ 被告は、近時の経済情勢下において昇給の予測は五ないし一〇年に限り可能であるから亡昌広の昇給予定としては五年ないし一〇年分を考慮すれば足りる旨主張するが、経済情勢の動向の確実な予測は困難であるけれども、定期昇給については、同定期昇給制度の廃止の予定など特段の事情がない限り、それが実施されるであろうとの高度の蓋然性を有するものといわねばならないから、亡昌広の年齢(死亡当時二一歳)及び健康状態(成立につき争いのない甲二一号証)からみると、同人は満五八歳の定年まで稼働しえたと認められるのであつて、前示特段の事情が認められない本件においてはその間の定期昇給を考慮すべきである。ただ、亡昌広が満五八歳になるまでの昇給を考慮するにあたり、昭和八一年一月一日以降の分については昇給の時期及び金額につき当事者間に争いがあり、原告らはその部分につき宮崎市職員の給与に関する条例(甲三号証)に基づく昇給期間短縮の実態に即して算出したというのであるが、本件全証拠によるも右昇給短縮の実態及び将来も引き続き右短縮扱の特例が継続するとの事実を認めるに足らない。したがつて、右昇給部分については被告の主張する額と時期の限度でこれを認定する。このような観点から亡昌広の年度別所得額を検討すると、昭和七九年度までは別紙(2)のとおり(合計八、四五〇万〇、七〇〇円)と昭和八〇年度以降昭和八八年度までにおいては別紙(8)のとおり(合計四、三八九万九、五六〇円)とそれぞれ認めることができる(総合計一億二、八四〇万〇、二六〇円)。そこで、この年度別所得額から後記共済組合掛金を含めて生活費として五〇パーセントを控除したうえ、ホフマン式計算法に基づき年五分の中間利息を控除した昭和五三年三月三一日における現価を求めると、昭和五二年から昭和七九年までにおける各年度所得額の現価は別紙(3)の2のとおりであり(合計二、四八七万三、八六六円)、昭和八〇年度から昭和八八年度までのそれは別紙(9)のとおりである(合計八四五万一、七二一円)。したがつて総合計金額は、三、三三二万五、五八七円となる。

ロ 次に、被告は亡昌広が生存していた場合、同人の給与から共済掛金を差引くべきである旨主張するので判断するに亡昌広が所属する地方公務員等共済組合は組合員である地方公務員の病気、負傷、出産、休業、災害、退職、廃疾若しくは死亡又はその被扶養者の病気、負傷、出産、死亡若しくは災害に関して適切な給付を行なうため、相互救済を目的とする制度であつて(地方共済組合法一条)、その性質は健康保険ないし休業、退職保険ないし傷害、生命保険的性質を帯有するものである。そして、これらの保険料相当の共済組合掛金は、職員の意思如何にかかわらず職員となるとその日から自動的に共済組合員となり(地方公務員等共済組合法三九条一項)、その日から徴収されるもので(同法一一四条一項)、組合員の給与から控除して払込まれるものであるから(同法一一五条一項)、収入をあげるために欠くことのできない必要経費としての生活費の一部であると考える。

ところで、当裁判所が前示のとおり亡昌広の逸失利益額を算定するに当たりその収入から五〇パーセントの生活費を控除しているのは、生存のための生活費とは区別すべき収入をあげるための必要経費としての生活費であつて、その中には被告主張の共済組合掛金の額も考慮してこれをも織り込んで右控除率を定めているのであるから、右生活費控除のほかさらに共済組合掛金を重複して控除することはできない。

ハ また、被告は中間利息の控除方法につきいわゆるライプニッツ方式を主張するが、当裁判所は、本件全証拠によつてもとくにライプニッツ方式を採用すべき特段の事情があるとは認められないので本件においては諸般の事情に照らし、損害の公平分担の見地から原告らの主張するとおり年ごと式ないし複式ホフマン法を採用する(最判昭和三七・一二・一四民集一六巻一二号二三六八頁参照)。なお、この点は後述の退職手当及び退職年金についても同様である。

(2) 退職手当について

(逸失退職手当現価額七八七万一、一四二円)

亡昌広の退職時の給料月額について争いがあるが、前認定のとおり被告の主張の額である三〇万六、一〇〇円(優遇措置により三号給特別昇給)として肯認しうる。この額を基礎とすれば亡昌広の退職手当は二、二〇三万九、二〇〇円(右給料月額の七二か月分)であり、この額からホフマン式計算法により年五分の利息を控除した昭和五三年三月三一日における現価は別紙(10)のとおり金七八七万一、一四二円である。

(3) 退職年金について

(逸失退職年金現価額五四四万〇、八九七円)

この場合も亡昌広の退職前一年間分の所得は前認定(1)イのとおり昇給がなされるものとしてその額を計算すると別紙(11)のとおり金三五一万三、六〇〇円となる。そしてこの額を基礎として亡昌広の退職年金額を求めると、地方公務員等共済組合法七八条二項により、金二四〇万六、八一六円となり、この額から亡昌広の生活費五〇パーセントを控除したうえ、ホフマン式計算法に基づき年五分の中間利息を控除した昭和五三年三月三一日当時の価額は、金五四四万〇、八九七円となる(以上、計算式につき別紙(11)参照)。

(三)  慰藉料について (三〇〇万円)

〈証拠〉及び前記当事者間に争いのない事実によれば、亡昌広が満二一歳の若さで死亡したことは明らかであり、同人の無念さはいうまでもないが、他方において訓練とはいえ特別救助隊員の業務は常に危険を包蔵するものであつて、亡昌広自身もそれを覚悟のうえその職務に生きがいを感じていたこと(原告本人松山隆男の供述、成立に争いのない甲二一号証及び乙四号証)宮崎市消防局は同人の功を称えるため二階級特進させていること(成立に争いのない乙六号証)など諸般の事情を考慮すると同人の精神的損害を慰謝するには金三〇〇万円が相当である。

二請求原因7の事実について

(原告らの相続債権額各二、四八一万八、八一三円)

請求原因7の事実のうち、原告らが亡昌広の相続人であることは当事者間に争いがなく、同人の前記損害賠償請求権は相続人である原告らが前記損害現価額総計四、九六四万八、〇二六円の各二分の一に当たる各二、四八二万四、〇一三の債権を相続したものである。

三請求原因8(弁護士費用)について

通常、債務不履行による損害賠償請求については、その債務不履行が著しく、それが不法行為に匹敵するほど反倫理的で、その支払義務の存在が明白で、これを争うことが不当抗争、不当応訴にあたるなど特別の事情の予見可能性が存在する場合のほか、右請求に要した弁護士費用は債務不履行と相当因果関係にある債権者の損害に該当しないと考える。けだし、債務不履行が不法行為に匹敵するほど反倫理的で支払義務が明白である場合に該らない通常の事例では、債務者はこれに争つて裁判を受ける権利を有するのであつて、それが執拗な不当抗争ないし不当応訴として不法行為を構成する場合でない限りこれを賠償する義務はない。通常、債務不履行による損害賠償請求ではその弁護士費用は前示特別事情の予見ないし予見可能性が存在する場合にのみ認められる民法四一六条二項の特別損害に当たるからである。

原告らは本件において右特別事情の予見ないし予見可能性につき主張、立証をせず、また本件全証拠によるもこれを認めるに足りないから、弁護士費用の本訴請求は失当である。

なお、原告らは本訴において債務不履行責任と不法行為責任を選択的に併合しているから、当裁判所において原告の本訴請求の順序に従つて基本的な請求の段階で債務不履行責任を選択し、これに判断を加えた以上、もはやこれに付随する相当因果関係のある損害として弁護士費用の賠償の有無という基本たる請求が認容されることを前提とした派生的問題についてのみ不法行為責任による旨を論ずることはできないと考える。

第三過失相殺の検討

亡昌広が消防署の救助隊員であつたこと、消防吏員として一応必要な専門教育を受けていたこと及び同人がロープを投げる際、命綱のカラビナを確保していなかつたことは当事者間に争いがない。

被告は、亡昌広が救助隊員として通常人以上の能力を持つていたのだから、高所においては、自らの注意で命綱のカラビナを確保するなど未然に転落等の事故を防止すべきであつたのにそれを怠つたと主張するのであるが、前認定第一の二の各事実を考え併せると、障害突破競技は安全性とともに迅速控を競うものであること、前記認定のとおり、事故当日の訓練は通し訓練でなかつたことからタイムは計つていなかつたとはいえ、梯子登りからロープブリッジ、緊急脱出までの連続技であつて迅速性が要求されることに変りはないこと、昭和五二年度の大会の実施要領には、応急ブリッジの段階において、ロープを投げる際命綱のカラビナを確保すべき旨の規定もなく、これを確保することになつていなかつたこと(成立に争いのない乙八号証)、同年四月上旬から障害突破競技の訓練を行なつてきたのに同競技を熟知した指導者も配置されていないし、右ロープ投げの際に命綱のカラビナ確保を求めて注意を与えた者は全くないうえ、カラビナを確保して本件訓練を行なつていた者もなかつたこと(証人大西長男、同坂本浩己の各証言)の各事情に照らすと亡昌広がロープを投げる際命綱のカラビナを確保していなかつたのは無理からぬことであり、被告の前示基本的な安全配慮義務懈怠の態様、程度に対比して亡昌広のカラビナ確保の欠缺を強く咎めることはできないし、同人に損害回避義務の不履行として民法四一八条二項所定の損害賠償の責任及び額を定めるにつき斟酌すべき過失はなかつたものというべきである。したがつて、被告の過失相殺の主張は失当である。

第四弁済の抗弁の検討

退職手当として金七九万九、一四〇円が支払ずみであることは当事者間に争いがないが、この額を超える部分の支払については本件全証拠によつてもこれを認めるに足りる証拠がない。したがつて、当事者間に争いがない金七九万九、一四〇円のみを損害額から差し引くべきである。

また、別紙(7)の損害填補表のうち、消防葬費用以外の項目欄記載の各金員を原告らが受領したことは当事者間に争いがない。右損害填補表のうち、公務災害補償金、特進差額金及び市長見舞金は損害填補の性質をもつものとして損害額から差引かれるべきであるが、褒賞金、見舞金、消防賞じゆつ金及び消防葬費用を損害額から差引くことについては原告らがとくに争うので検討する。

〈証拠〉によると、次の事実が認められる。まず、消防表彰規程五条(甲五九の2)における賞じゆつ金は、災害に際し、危険な状況下であるにもかかわらず身の危険を顧みず敢然と職務を遂行して傷害を受け、そのために死亡し又は廃疾となつた消防吏員又は消防団員に対し、消防庁長官が特別功労章、顕功章又は功績賞を授与してその功労を讃え、その労に報いるとともに、本人や家族の精神的苦痛を見舞い、併せて爾後の生活の安定を図り、もつて消防吏員や消防団員が後顧の憂いなくその職務を遂行できるような制度として消防庁長官の表彰と併せて支給されるものであつて、「賞恤」の「恤」とは慰める、見舞う等の意味であり、賞じゆつ金はいわば「褒賞金+見舞金」という性格をもつものである。このように賞じゆつ金は災害現場に際しての功労に対するものであるが、これに該当しない場合、例えば消防吏員又は消防団員が危険性の伴う消防訓練等において事故により死亡した場合には、賞じゆつ金は支給されないが、この場合は消防表彰規程七条により、消防庁長官の表彰がなされるかぎり、それと併せて報賞金その他の副賞を付与することができ、県の場合は、宮崎県消防表彰規程四条四項により、知事は消防見舞金を支給することができる。本件転落事故は訓練時のものであつたため、国及び宮崎県から賞じゆつ金の支給はなされず、それに代えて別紙(7)のとおり報賞金及び見舞金が支給されたのである。ただ、宮崎市においては、消防訓練の危険性に鑑み、宮崎市消防賞じゆつ金条例施行規則四条二号(甲六一の3)により訓練時の事故に対しても賞じゆつ金が支給できるものとされており、その結果別紙(7)記載の消防賞じゆつ金が支給されるに至つたものである。以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠がない。

右事実に照らすと、賞じゆつ金、報賞金及び見舞金は同性質のものであつて、まず被害者及びその家族の精神的苦痛を慰謝し、被害者本人及び家族の爾後の生活の安定を図る趣旨の下に死傷事故による損害を補填するため支給されるものと認められるから、右金員の支給は本件損害賠償債務の弁済に当たる。

消防葬は、原告松山隆男本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、被告が殉職した消防職員に対し行なうもので必ずしも原告らの意思に基づくものではなく、ことの性質上これが債務不履行(安全配慮義務懈怠)による損害賠償債権に対する弁済に当たるものとはいえないし、原告ら自らも葬儀をしている点をも考慮すると損益相殺をすることも相当でない。

したがつて、結局本件損害賠償債権のうち、退職金手当七九万九、一四〇円、褒賞金五〇万円、見舞金一〇〇万円、消防賞じゆつ金一、三〇〇万円、公務災害補償金八一五万二、四一〇円、特進差額金二万二、四一八円、市長見舞金五万円合計二、三五二万三、九六八円が弁済ずみであり、その二分の一に当たる一、一七六万一、九八四円をそれぞれ原告らの相続した前記債権二、四八二万四、〇一三円から控除すべきである。そうすると原告らは被告に対し、各金一、三〇六万二、〇二九円の損害賠償権を有する。

第五結論

以上のとおり、被告は原告らに対し安全配慮義務懈怠による債務不履行の損害賠償として各金一、三〇六万二、〇二九円及びこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年四月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があることは明らかである。

よつて、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(吉川義春 村岡泰行 白石研二)

別紙(1)〜(11)〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例